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  • 執筆者の写真ぐらし ひがしおおみや

芝浦工業大学 増田 幸宏 教授 インタビュー

更新日:2020年11月7日

『地域のレジリエンス向上に向けて住民ができること』


今回は環境基盤研究室の増田幸宏教授です。一体どんなお話を語ってくれるのでしょうか。



長澤 まず、増田幸宏教授の研究内容や成果についてお聞かせください。


増田 建築・都市の環境・設備に関する研究をしており、安全性、快適性、効率性、健康性を総合的に追求した、持続可能な未来の建築・都市の姿を描いていくことを目的としています。具体的には、快適な室内環境に関するものから、都市のエネルギー・資源の有効活用にするものまで幅広く行っています。近年は特に“都市のレジリエンス”の向上に着目した研究を行っております。

 研究の成果としては、建物のモニタリングシステムを活用したコミュニティで共有する防・減災情報システムを開発しました。また東京2020大会に備え、まちなかの熱中症対策にも取り組んできました。こちらは、NHKのニュースや新聞紙上等のメディアでも紹介されました。システム開発の詳しい内容は、芝浦工業大学の公式YouTubeチャンネルでも公開されています。「【SIT Lab Vol.03】大規模災害に備え、都市の安全安心を守る」というタイトルの動画です。

(こちらから動画を視聴できます。)


長澤 研究内容の中で、“レジリエンス”という聞き慣れないワードが出てきましたが、分かりやすく言うとどのような意味なのでしょうか。


増田 これは私自身の定義なのですが、「厳しい環境変化を乗り越えるしなやかな力」とい表現で説明しています。持続可能な社会を構築する上で必要なものですが、なかなか日本語での表現が難しいです。いろいろな方がいろいろな説明をしています。我々の社会の安定性をかき乱す、“擾乱”といった言葉を使って、「その擾乱からいかに回復するかの能力だ」という表現もあれば、「変化する時代にいかに適応すべきかの能力だ」という表現もあります。

 いずれにしても、「レジリエンスはシステムとしての能力である」ということが重要です。いろいろな要素が連携してそれぞれの役割を果たして、システムとして機能したときに発揮される能力の1つなのです。


長澤 具体的にはどういったものなのですか。


増田 機械やコンピューター、建築・都市などの大規模で複雑な仕組みが対象になります。具体的には、皆様にも身近な銀行のシステムやインターネット、自動車やビル、会社や組織などです。それらが全体のシステムとして上手にデザイン・設計、あるいは運用されたときに“レジリエンス”という能力が発揮されます。




長澤 理系の研究内容ということもあり、お話が少し難しく感じます。


増田 もう少し分かりやすく表現すると、“負けない”という言い方があると思います。危機事象に強い社会をつくろうと言われてきましたが、今後は気候変動などの影響をある程度受けることは避けられないと考えられます。社会の安定を揺さぶられ、大事に培ってきたものが影響を受けるということが、程度の差はあるものの避けられない世の中になると思います。そうなると、強いという概念ではなく、ある程度仕方ないという前提で、上手に付き合っていくしかない。影響を最小限に抑えて、しかし大事なものは絶対に守り抜き、発展させるという強い意思を持ち、むしろ逆境を契機により良くなっていくという気持ちを持って“負けない社会”という概念が相応しいのではないでしょうか。この概念が、レジリエンスの一番の共有すべきポイントではないかと思っています。

 人間自身のレジリエンスも議論されます。例えば、友人関係で傷ついたり、失恋したりすると、一時的に落ち込みますよね。自分を見失って、悲しみ、落ち込むという時期があると思いますが、徐々に自分らしさを取り戻して元気になります。振り返ると、その時の自分は前の自分とは確実に違っています。質的に変わり、新しい自分になっています。心理学では、このような立ち直りのプロセスをレジリエンスと言いますが、我々の社会システムも同じです。様々な危機を乗り越え、負けないというスタンスでやっていると、実は防戦一方でなく、試練を乗り越えて成長することができます。この“負けない”、“成長する”というワードがレジリエンスを理解するうえで重要なポイントです。


長澤 では、地域のレジリエンス向上に向けて重要なことは何ですか?


増田 住民同士の交流といった地域コミュニティや自治会・マンションの管理組合などは人間のシステムですが、こういった連携があるかないかということは、災害、高齢化、防犯といった危機に対して非常に重要です。

 施設や設備、機器、道具といった形ある要素のことを“ハード”と言うのに対し、人の行動や意識、情報といった形のない要素を“ソフト”と言います。

 東日本大震災では、「大規模な津波の対策として、巨大な防潮堤を建設するといったハード対策も大事だが、それだけでは対応ができない。逃げ方を地域で共有するなどのソフト対策が必要である」といったことが盛んに議論されていました。


長澤 ソフト対策が非常に重要だということですね。


増田 はい。しかし、ソフトとハードを分ける考え方も改めるべきではないかと考えております。物事を整理するうえでは、ソフトとハードを分けて議論することは非常に有効で、多くの場面で使われています。ただ、先ほどの東日本大震災の話でも言えることなのですが、逃げ方をきちんと考えても、逃げ道や逃げ場所が整備されていなければ意味がありません。避難所も整備されていなければいけません。これらはハード対策です。避難情報を整備するのはソフト対策のようですが、スマホなどを1人1台持つとなると、ハード対策とも言えます。


つまり、ソフトとハードは表裏一体なのです。建築・都市において、ソフトとハードの両対策が一体になっていることが大切です。

そうすることで、地域のレジリエンスもより向上していくと思います。


長澤 私は今学部3年ですが、建築・都市分野の講義ではソフトの対策の方が重要であるとい印象を持っています。


増田 研究をやっていても感じますが、世の中全体でソフト対策の方が不足しています。ソフト対策が大切ということは長らく言われているのですが、これの難しいところは資金です。ハード対策は成果が分かりやすいため、予算措置や費用対効果の検証が行いやすいです。津波対策にしても、「これだけの堤防があれば最大級の津波を防げる」というように。

しかし、ソフト対策の方はなかなか難しいです。ハード対策だけではダメだと分かっているのですが、ソフト対策への支援が制度的になかなかできなかったり、取り組みをしてもそ

れをどう評価するのかということが難しいのです。報告書を作っても形骸化してしまったり。そこはまだ課題です。


長澤 地域住民にできることはあるのでしょうか?


増田 “住民参加”ということは長らく言われている大事な点ですが、より踏み込んだ“住民主導”や“共創”という視点も重要ではないかと思います。地域の課題やこのまちはこのように進

んでいきたいという方向性は、地域ごとに状況が変わってきます。その地域が声を上げるしかありません。今自分たちの状況や課題はどうであり、どんな方向へ向かうべきなのかと

いうことを自分たちで明確にして共有していく必要があります。それをしないと行政にも届きません。コミュニティの中でも、物事を動かしていくエンジンにつながりません。車に例えると、進むためのエンジンがあり、燃料が必要で、最後に着火するという作業が必要なように、そこを意識的に組み立てていく必要があります。今まで関わった地域で、地域課題をうまく解決したところは、その仕組み作りがうまくいっているように感じます。必ずキーパーソンがいます。キーパーソンが専門家と連携して地域の人をうまく動かす場づくりをして進めているということが多いと感じています。


         

      港区の市民向け講座の様子

         出典:港区HP https://www.city.minato.tokyo.jp/index.html


長澤 行政頼みではなく、もはや住民が主体になっていくのですね。


増田 行政も、最低ラインを下回るような問題が起きていれば手を出しますが、そうでない場合はあまり積極的にやりません。明確な根拠が必要になります。住民の税金を使う立場であり、責任が重いため仕方ない部分もあります。優先順位もありますし。防災を例に出すと、木造住宅密集地域のような危ない場所は対象になりますが、そこそこ安全な地域はリストアップされません。こうした地域は自分たちでやっていくしかありません。


長澤 住民参加の重要性は分かるのですが、住民にとって大変なことのように感じます。


増田 あまり大がかりなことをやろうと考えなくても良いのですよ。例えば、今はコロナであまり遠出が出来ませんよね。緊急事態宣言以降外出が制限される中で私は最近よく家の周辺を散歩するようになりましたが、ただ散歩するだけでも気づくことはたくさんあります。「近くにこんな良いお惣菜屋さんがあったのか」「あそこのパン屋さんは最近繁盛しているな」とか。樹木、草花、昆虫などの環境もそうです。


地域の方々と顔を合わせたり挨拶する機会も増えるでしょう。これらは全て地域の貴重な資源です。そんなことをしているうちに、地域の課題にも気づいていくのではないでしょうか。「最近住民同士の交流が減っているな」「このエリアは空き家が増えてきたな」というように。そうして、気づいたことをご近所さんと話したり、行政に要望書として提出したりすれば、それだけでも立派な住民参加です。そうしたことの積み重ねが、地域を良くしていく活動につながっていき、地域のレジリエンス向上にも寄与します。


長澤 そう考えると気軽にできそうですし、なんだか楽しそうですね。

増田 今はコロナ禍で非常に苦しい状況だと思います。しかし、近場での行動が増えたことにより、住民が身近な生活圏を知り再発見する良いきっかけになったようにも捉えられます。身の周りの価値を再認識する良い機会とすべきではないでしょうか。厳しいコロナ禍でもこのように未来に繋がるプラスの要素も生まれています。これがまさにレジリエントな姿です。日々様々な情報が飛び交い、不安に駆られる方も多いかと思いますが、住民の皆様には、逆境を乗り越えて新たな可能性を見出していく機会だと捉えてもらえればと思います。

                               

                               (取材:竹井・長澤)


取材協力:増田幸弘教授

2001年 早稲田大学 理工学部建築学科卒業、2006年3月 同大学院 博士課程修了。早稲田大学高等研究所准教授、豊橋技術科学大学大学院准教授を経て現在は芝浦工業大学環境基盤研究室教授。専門は都市環境基盤、レジリエンス工学。






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